猫目雑録
真魚八重子

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第7回
実家がなくなった!(7)
「母と兄とわたしの欠点」

 とりあえず、母には要介護認定を受けてもらうことになった。しかし、役所の人に来てもらうスケジュールがなかなか合わない。おととしからこういった手続きの類が非常に増えたものの、母は日付を間違えたり、当日にドタキャンしたりすることが多くて、リスケに追われる羽目になった。これも母に働いた経験がないせいだと思うが、関係者全員が再びスケジュールを合わせる大変さを理解していないので、億劫になると簡単に電話一本でやめようとするのだ。結局、東京に住んでいるわたしは立ち会う都合がつかず、この認定は家族不在で行うことになってしまった。母は要介護1になった。
 しかし、母は結局一度も介護サービスを利用しなかった。掃除を手伝ってもらうとか、買い物を頼むとか色々お願いすべきことはあったが、母は自分でできるから必要ないと言った。いま思えば、認知症が始まっていたため、「必要な行為や物」を想像するのが難しくなっていたのかもしれない。食事が満足に取れているかも心配だったので、配食サービスを考えたものの、それも母は突っぱねた。わたしも、本人ができていると自負している行為を取り上げるのは、認知症が進む原因になりそうで迷いがあり、強くは言えなかった。それに遠距離に住んでいると、やはり目先の必要な生活用品に気づくのは難しかった。

 大きくて古い家は物が溢れている。いずれ取り壊すときのために、できるだけ物は減らしておきたかった。母にも自分の持ち物を見て、必要かそうでないかを分けるように言った。すると、後日母から電話があった。
「いまって、倉庫を借りることができるんだって?」
「どうして?何を置く予定?」
 母は新居に持っていかない着物をしまいたいと言った。
「テレビで前、朝丘雪路さんが言っていたの。着物をしまうために借りている部屋があるって」
 わたしの胸の中に、一瞬にして言いたいことが噴きあがってきた。女優と同じ振る舞いをするつもりなのか。その倉庫はいつまで借りればいいのか。結局あなたが死んだらその着物も処分してしまうんだから、お金を払ってまでしまいこんでも仕方ないじゃないか。でもそれを口にするのはあまりに冷酷だったので、もぐもぐと適当な返事をした。母には好きな着物、そうじゃない着物を分けることはできないのだから、実家を解体するまではこのままにしておこうと決めた。
 膨大な量の食器にも悩んだ。甥やドイツから帰国していた次兄と共に、できれば捨てるのではなく一括で売れるところがあればいいんだけれど、という話をした。その話し合いの中で何度か、次兄が良い案を思いついたように言った。
「ドイツでは日本食器は人気だから、僕の個人サイトで販売を始めれば売れると思うよ」
 兄は自分のアイデアを気に入ったらしく、その話を繰り返した。わたしはその間、生返事をして黙り込んだ。心の中では(で、その海外への発送作業は誰がやるの? そもそもこの食器を全部ドイツに送ったら、いくらかかる? 誰がその費用を払うの?)と呟いていた。兄の雰囲気からすると、自分はグッドアイデアだけ提供するから、実行するのはそちらで、と思っていそうだった。
 その前にもアッと思う些細な出来事があった。大量のペットボトルの水を処分していたときに、兄は45リットルのゴミ袋にどんどんと空のペットボトルを詰め込み、そのうち溢れかえってしまったが、気に留めることなくさらに上へと積んでいた。それに気づいたわたしは、新しいゴミ袋を探してきて、溢れた分を移し替えて捨てられる状態にした。ゴミ袋の封を閉じるためには、まだ新しい袋が必要だった。次兄がペットボトルを捨てる行為には、新しいゴミ袋を補充し、それがいっぱいになったら封を閉じて、さらに新しいゴミ袋を出すという、付きっきりのような補助が必要だった。なんだかそのことに、自分たちの根幹を見た気がした。
 わたしもごく一般的な常識に欠けていて、まともな生活ができずにいる。仕事も金銭面も、なぜこんな当たり前のことができず、甘えて生きてきたのかと思う。本当に何も学ばずに成長してしまった。そしてそういった欠損が、わたしの兄たちにも見受けられた。長兄の葬儀を通して、わたしがずっと兄たちを避けて生きてきたのは、自分の欠点を突き付けられている気分になるからだと気づいた。

真魚八重子(まな・やえこ)
映画文筆業。キネマ旬報、朝日新聞、ハニカム等で執筆。最新刊『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)が発売中。

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