猫目雑録
真魚八重子

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第1回
実家がなくなった!(1)
「兄の急逝」

 おととし、飼い始めたばかりの猫のオコエを、まだぎこちなく愛でていたクリスマスの夜。初めて、大学生の姪から電話がかかってきた。わたしは親族とかなり疎遠なので、何事だろうと訝しみながら電話を取ると、「父が亡くなりました」と言った。わたしと長兄は10歳違いで、彼はまだ50代だった。かなり太っていたせいか、死因は大動脈りゅう破裂。あっという間に息を引き取るので、苦しくはない死に際だったろうと聞いて、そこだけは安心した。
 でもそこからが驚きの連続だった。翌日、約9年ぶりに愛知県の実家に帰ると、家中にガラクタを積み上げたプチごみ屋敷になっていた。ゾッとしたのはカレンダーがそこかしこにかかっているのに、どれも何年も前のもので、母の傍らのものしか日付があっていなかったことだ。10年前に亡くなった父の書斎に至っては、父の亡くなった月のものがいまだにかけられていた。兄は実家の近くに住んでいて、毎日のように出入りしていたのに、母も兄も父の荷物を一切処分していなかった。まだ母に関しては、父への愛着でそうしていると考えられるものの、兄はただ単に怠惰だったのだと薄々感じた。
 まだ20代なのに喪主となった甥は、葬儀会社の人と粛々と手続きを進めていた。兄の遺体は実家の仏間に置かれて、眠っているように穏やかな表情をしていた。
 兄は人が良いぶん、損をした人生だったと思った。強権主義の父に思い通りに動くよう強いられ、一時は心を病んだりもしていた。それでも責任感は強くて高校時代はブラスバンド部の部長を務めていたし、コンピューターの仕事に就きたいといった夢を抱きつつも、結局家業を継ぎ、父の引退後に建設会社の社長となった。でも兄嫁はそのことに反対で、不仲となり離婚。父の援助も受けつつローンを返したマンションは彼女に明け渡し、それから最期まで兄は家賃3万円の築40年近いアパートに独りで住んでいた。親権は奥さんが取ったので、甥と姪は母親とマンションに同居していたが、毎週のようにおばあちゃんに会うため実家へきていた。
 みんなの夕飯の準備などをしつつ、気が弱くて優しい兄のエピソードが色々と頭に去来した。長電話を見咎めた父から「男らしくない」と怒鳴りつけられ、叱られていた姿。兄はその間もクセで髪をいじっていたので、「それが女々しいというんだ」とよけい、父の怒りの火に油をそそいでいた。兄嫁もうちの父と折り合いが悪く、時に怒鳴り合いの喧嘩になったこともあった。彼女はお金の管理が厳しく、兄のお小遣いは3万円で、残りの何十万かの給料は兄嫁と甥の名前で貯金がされていた。父は「部下におごる金もないなんて体裁が悪い」と渋い顔をしていた。兄が小遣いの額が少なく、キュウキュウになっているのが発覚したのは、会社の金を使い込んだためだった。
 通夜前日、全体に埃っぽい家で泊り支度をしながら、まだわたしはそんなことを多少、感傷的になりながら思い出していた。まさか翌日、甥から驚愕の真実を知らされ、わたし自身もこの日以来、波乱の日々を送る羽目になってしまうなんて知らずに。

表紙