猫目雑録
真魚八重子

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第2回
実家がなくなった!(2)
「兄の正体」

 兄の葬儀は友引やらで長引いて、通夜を行う日にはドイツ在住の次兄も帰国が間に合った。わたしは次兄とも8つ離れていて、わたしが中学生の頃にドイツに渡って以来、数えるほどしか日本に戻っていないので、優しいけれどやはり距離はある。
 通夜のあと、甥から「話があるんですが」と声をひそめて言われた。「ばあちゃんに聞かれるとややこしいので、裏の事務所で叔父さんと八重子さんで集まりましょう」。家の裏には父の作った建設会社があり、亡くなった長兄は後を継いだが不況などもあって、家業はすでに畳んでいた。なので兄が今何を生業としているのかは、確かに謎だった。
 夜更けの冷え込んだ、人気のない事務所に三人で集まると、甥は苦渋を超えた苦笑いのような顔で切り出した。「父さんの通帳を見たら、リボ払いですごい借金があることが発覚したんです」。なんと、その額は600万を超えていた。甥が返済したくてもそんなまとまった額は到底手元にはない。それもリボ払いって。甥が早急にカード会社に問い合わせを繰り返していたが、翌日の電話ではすでに利子で額が膨らんでいるような、壮絶な状態だった。
 唖然としているわたしに、甥は「FXも色々やってたみたいで。相当大損してて、その埋め合わせにばあちゃんの貯金を使い込んでたみたいなんです」。
 頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。実際確認してみると、母の通帳からは何年にもわたって、毎月のように20万、30万とまとまった額が引き出されており、2000万ちかくあった貯金は、200万をきる程度に減っていた。
 他にも、葬儀までの間に甥からショッキングなことを色々聞いた。兄の離婚理由は、兄の金遣いが荒くて、甥や姪が幼い頃から貰うたびに貯めていたお年玉などにも手を出すようになったため、別れに至ったこと。母の土地を1500万で売って、それも投資で全額すってしまったこと。確かに小遣いが少ないからと言って、会社のお金を使い込むというのは異常な手段であり、この破たんした経済状況は、兄に対して(ちょっと変だな)と感じていた部分を裏付けるものだった。
 兄の部屋はごみ屋敷となっており、生ごみが天井まで積みあがっている状態だった。甥は兄の死後、その部屋に入ったとき、兄がいつもいやな臭いをさせているのを(加齢臭だろう、言ったら傷つけるから黙ってよう)と思っていたのに、じつはゴミが腐った臭いが全身にしみこんでいたのに初めて気づいたという。兄がリボ払いで買っていたのはギターの記念モデルで、ごみの中にそれらは多数埋もれていた。だが返済の足しにしたくても、すべてケースから出され傷だらけの状態となっており、「状態が悪いので買い取り不可」になってしまった。また、棚には最初の3巻くらいまで包装を開けただけの、スピードラーニングが全巻あった。
 後日、母は常用している薬を貰いに病院に行った。そこは兄のかかりつけでもあった。先生は母に哀悼の言葉とともに、「息子さんは大動脈瘤の予兆があったから、ずっと薬物療法していたのに、夏ごろから通院をやめちゃってね。症状を抑える薬も飲まなくなっちゃってたね」と言われた。母は、兄が内心死んでもいいと思っていたのではないかと、気に病むようになった。
 たぶん、兄が緩慢な自殺を図っていたのは間違いないと思う。その行動は典型的なセルフネグレクトであり、大動脈瘤によって一瞬で死ねたのは本望だったろう。しかし、リボ払いの借金や母の貯金を食いつぶすなど、後に残された者が困るような悪行には呆れたし、今考えても腹が立つ。単なる「死んだ後のことは知らん」を超えて、でかい負の遺産を背負わせる死は、家族に対する憎悪があったとしか思えなかった。

表紙