猫目雑録
真魚八重子

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第3回
実家がなくなった!(3)
「母の惨状」

 わたしが里帰りをサボっていた8年の間に、家族が良くない状況になっていたのは、実家のプチゴミ屋敷状態から察しがついた。田舎の大きな家で部屋数はあるのだが、そのうちの二間が、使っていない大量の紙箱とペットボトルに占拠され、用をなさなくなっていた。ダイニングも何年分かの新聞紙がそこかしこに積まれている。ちなみに母は新聞を読まない。父が亡くなってから10年間、惰性で取り続けていたらしい。わたしは惨状を見つつ、父が生前、いつもセカセカと何かをしていたのを思い出した。それはキレイ好きで物をため込むのを嫌った父が、家の片づけを常にしていたのだと初めて気が付いた。
 兄の葬式の翌日から整理と掃除に取り掛かった。まずは新聞や、飲んでいない乳製品の配達などをすべてキャンセルした。母は体裁を気にして「そんな断りを入れたら変な噂をされてしまう」と、電話をするわたしのそばでぐずっていた。
 紙箱のゴミが難儀だった。箱の中にはお歳暮などの贈答品が入ったままになっていて、すべて賞味期限が過ぎていた。それも数年単位なので、ビールなどは茶褐色の煮詰めたような液体になっている。自然災害時に備えた大量の水も古い代物だ。甥や姪と協力して、ペットボトルを何十箱もカラにしていったのだが、その際に母が興奮して邪魔立てしてくるのを、なだめるのが大変だった。
「水が止まった時、トイレを流すのに使えるのに!」
 母は昔から、誰かが気に入らないことをしていると、やめるまで執拗に反論を言いつのる癖があった。この時もちょっとどうかと思うくらい延々と、トイレを流すのに……! と言い続けていた。わたしたちが相手をしないので、そのうち渋々諦めた母は、兄が遺したペットのハムスターをかまい始めた。しかし檻に指を入れて触ろうとしたため、猛烈に噛みつかれてかなり出血してしまい、またひと騒動になった。
 もっと問題なものが見つかったのは、洗面台の下からだ。甥が収納を開けたら、母の未開封の化粧水が大量に出てきた。傷まないうちに使い切るのは難しそうな量だ。わたしはなぜ買いだめしているのかを母に尋ねた。しかし釈然とした答えが返ってこない。
 どうもなんとなく、その聞いたことのない化粧品のブランド名を、家の他の場所でも見た気がしたので、箱で埋め尽くされたもう一部屋を調べた。すると、そのブランドの栄養ドリンクやサプリメントが、これも賞味期限の過ぎた状態で大量に出てきた。そもそも、外箱の段ボール自体が未開封だ。母は開けることにすら興味がなかったらしい。部屋には明細もあったので値段を確認すると、完全にぼったくりの価格だった。
 慌ててネットで検索したら、案の定マルチ商法だった。一体どうして購入することになったか尋ねると、母は「友達であるMさんの娘さんから買っている」と言った。すごく良い品だという説明を信じていたし、定期的に彼女から電話が掛かってくるので、注文しないと悪い気がして、促されるまま買っていたらしい。わたしは即座にMさんの娘に電話をし、今後二度と購入はしないし、購入を勧める電話も絶対しないよう伝えた。わたしが突然えらい剣幕で電話してきたため、向こうはひるんでいた。
 母はまだ、「あれはすごく良い品なんだって。栄養ドリンクはお医者さんも推奨してるよ。本当にお医者さんが『自分も飲んでる』って言ってたよ」と言い訳した。わたしが「その医者はマルチの広告塔で問題がある人なんだよ。なんて名前か教えて」と食い下がると、なんと医者とはMさんの息子だった。家族ぐるみでマルチをやっていて、母をカモにしたMさん一家には当然腹が立った。しかし、一族に勧められて疑わない母にも苛立ちを覚えてしまった。
 でも、母の断れない性格はなかなか問題が根深かった。気の弱さにつけこんで母を食い物にする人間に対し、母が胸に抱えていた恨みは強く、長年怒りをため込んでいた。その後一年近くの間、母の呪詛のような思いが爆発し、わたしはノイローゼになりそうなほど悩まされることになる。

表紙