猫目雑録
真魚八重子

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第5回
実家がなくなった!(5)
「母の一人暮らしの限界」

 亡くなった兄が母にしていたことで、手品のような小遣い渡しがあった。毎月兄の手元には、実家が細々と経営していた駐車場とアパートの賃貸料が入る。対して兄の出費は、家業を畳んだ後も引き続き雇用し続けていた、経理の女性の給料支払いがあった。FXの失敗で兄はお金に困り、母の通帳から月に何度もお金を抜いていたが、その従業員の女性はそんな内情を露知らず、兄がFXで収益を上げて、そこから自分の給料が支払われていると思っていたそうだ。母の貯金と土地があっという間に溶けてなくなるのも無理はない。
 それなのに兄は、母に生活費として毎月10万円を渡していた。なんだそれは。母の貯金から下ろしたお金を、母に与えているのと変わらないのだが、母は兄が稼いだ収入からくれていると思っていた。だったら通帳からお金を引き出すわけもないので、考えたら1秒でわかるようなからくりなのだが、なぜ母は疑わなかったのだろう。結局、母は自分のお金を貰っていただけだといくら説明しても、最後までうまく理解できなかったようだ。

 実家は結局、現在は取り壊されている。家を維持できないと判断したのには、相続税の支払い以外にも理由があった。まずは家屋の老朽化だ。兄の死から数か月して、和室の土壁がドドッと派手に崩れ落ちてしまった。二階もしばらく前から床が抜けかけており、危険でうかつに足を踏み入れることができなかった。築80年越えで、ここ10年はメンテナンスもしていない家は朽ちて当たり前の段階に来ていた。
 そして、母の一人暮らしが危うくなってきたのもあった。椅子に腰かけそびれて後頭部から転倒したり、石油ストーブのそばに新聞が積み上げてあったりして、ケガや火事が心配だった。毎朝飲む不整脈の薬や安定剤も、数えている最中に何度も床に落とし、拾うたびに数がわからなくなっていたので、飲み間違いもしていただろうと思う。
 もうひとつ、土地を相続する甥の将来設計もあった。仕事の都合で上京を考えていた甥は、早めに土地の活用の仕方を決める必要があった。これらを諸々考えあわせると、母の実家での一人暮らしは限界にきていた。
 今思えばこの時点で介護施設への入居を進めても良かったけれど、母の内向的で他人と交わって暮らしたくない性格を考えると、わたしはその決定をくだせなかった。できればギリギリまでは、実家を温存してこのままの暮らしを維持させたいと思った。それに、まだおととしの夏頃の母は認知症の兆候が出ていたとはいえ、身の回りのことはなんとかできていたし、意思も明瞭に伝えられる状態で、介護施設への入居を嫌がっているのに説得するのはとうてい無理だったのだ。
 母の終の住処をどうするかの逡巡は、本当に長くしんどかった。バカみたいな説明だが、どのくらいのスピードで母がボケて最期の時を迎えるのかなんて、まったくわかるわけがないのだから、どう段階を踏むかの見当のつけようがないのだ。どの方法にも一長一短あって、母自身も家族もラクできる道などなかった。途中で、こじんまりした老人向けのアパートなら一人暮らしも可能ではと考えて、高齢者向けにリフォームされた団地の見学にも行った。その後、母の認知症が異様に早く進んだことを思えば、この一人暮らし計画は頓挫して本当に良かった。

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