猫目雑録
真魚八重子

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第8回
実家がなくなった!(8)
「母と謎の古物商」

 実家の膨大な荷物を片付けるにあたって、やはり売れるものは売って換金したかった。祖父や父の景気が良かった時代に買った陶磁器などもあるし、なかには多少家計の足しになる品があるのではないか。一応骨董品の値段は確認してみたほうが、処分するにあたって気が済むだろうと思った。
 元々わたし個人は物に執着がないほうなので、実家の焼き物に興味がない。譲り受けても置く場所がないし、引き継ごうという意志はぜい弱だった。母にも今後、これらの物の保存場所がなくなるので、買い手がつくものは売却したい旨を伝えた。
 ただし、わたしもそうそう実家に戻れないし、甥も仕事や亡兄の残務処理が忙しくて手が回らないのが実情だった。そのため、母にその役割をお願いすることにした。母は実家を離れるのもきちんと了承していないのに、骨董品を売るなんてつらいお願いではあった。だが売らないのならばゴミとして処分するしか道がない状態だったので、母にもその事実を理解してほしかった。
 近所に親戚の叔母が住んでいて、彼女は旦那さんを亡くしており、遺品の整理でかなり蔵の中の物を処分したと伝え聞いていた。母とも一番親しい親戚だったので、叔母なら古物商を紹介してもらえるだろうと思った。
 しかし母は難色を示した。この叔母と母は電話でよくやりとりをしており、長兄の死後は特に気遣って頻繁に連絡をくれていた。だが母は長兄の金の使い込みの件を、じつはまだ内緒にしていたのだった。周囲は当然、母はこの家に住み続けるものと思っているが、実際には転居するのは確実だ。もしいきなり家が取り壊しになったら、親戚はどれほど驚くだろうか? その重大事を秘密にしていた母は、徐々に周りと会話のつじつまが合わなくなり、困ってきていた。
 絶対隠し通せない局面にきても、一日一日問題を先送りにする行動は母から兄に受け継がれたのかもしれない。わたしは母に、「隠すより打ち明けたほうが、気持ちも楽になると思うよ」と話した。母は「うん」と生返事をし、そのまま実行しないというスルーを何度か繰り返した。業を煮やしたわたしが直接叔母に連絡すると言ったら、さすがに母も観念して叔母に事実を打ち明けた。
 だがやはり骨董屋とのやり取りは、母には難しかった。その80歳近い古物商の男性は、夏の間なぜか毎日通ってきたらしい。そんなに大量に品があるわけでもないし、どうして数日で済まないのか意味がわからなかった。母は骨董屋が来ている間は盗難の恐れもあるので、ずっと相手をせねばならずしんどいと言っていた。それもアポなしで来ると言うので、わたしはドアを開けず、インターフォン越しに断るように言った。
 だが数日して母曰く、ひとつお気に入りの花器が盗まれたとのことだった。その古物商が堂々と手に提げて帰っていったらしい。わたしとしては、もはや何が現実でどこからが母の妄想か判別のしようがなかった。
 母は翌日以降も平然とやってきた古物商に「あの花器はステキでしょう」と言った。精一杯の当てこすりのつもりだったそうだ。しかし相手は顔色を変えることもなく、「いいですねえ」と返事をしていたという。本当なら、大変な居直り強盗だ。だがわたしもこの時期にはうつ病がひどくなってきていて、それ以上介入する気力がなかった。

 甥が後から調べたところ、やはりそれなりの値段の良いものがなくなっていたようだ。ただ時々買い取りとして、母は古物商からお金を渡されていた。なので売買が成立していたのかもしれない。売った金額を母は控え忘れてしまったので、その途中で盗まれたものがあったか、そもそも何を売買し、それらはいくらだったのかも、母が亡くなった今となってはわからない。とにかく、実家の最後の片づけには人手が必要だと痛感した。

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