猫目雑録
真魚八重子

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第12回
実家がなくなった!(12)
「仏壇や遺骨や」

 田舎の旧いしきたりが生きている家なので、当然のように信心深い。家の仏間は八畳ほどあり、豪華な仏壇が置かれている。母は毎朝、仏前におぶくさまをお供えしていた。ちなみにずっと耳で聞いていただけだったので、今初めておぶくは御仏供と漢字で書くことを知った。おぶくさまは炊き立てのご飯を、一番に仏壇に供える。そしてある程度時間が経ったら下げてきて、他の炊いたご飯に混ぜて食べていた。
 毎月、月命日にも月参りでお寺さんがお経をあげに来てくださる。死者は増え命日は重なっていったが、そこはうまく月一で済ませられるように調整されていた。月命日には新しい花や果物のお供えを前日から準備しなければならず、母が忘れてしまって当日になり大騒ぎしていた覚えがある。
 でも、母がいずれ介護施設に入り、この家が誰も不在の状態になれば、月参りの準備をする人間がいなくなってしまう。そして日を置かず家は取り壊しになって仏壇も破棄することになる。なのでたぶん永代供養をお願いするしかない、という話し合いはわたしと甥の間でしていた。
 わたしと甥の間にも人間的な遠慮があって、万が一にも「お金が惜しいから供養はせずに放置しよう」とは言えない空気があった。わたしは不信心者で、ほんとはどうでもいいが、社会的な建前は一応わかっていると思う。甥の信心についてはわからないものの、自主的に墓参りに行くくらいの人間性がある。なので、どちらも極端に走らず金額的に差しさわりがない範囲で、安く供養をしようという点で落ち着いたのは良かった。  ずっと月参りでお坊さんを迎え入れていたのは母なので、我が家にそういった変化があることを伝えてくれと母に言伝した。母は「ふん、わかった」と言った。だが後日、お寺さんはなんと言っていたかを尋ねると、母は「言えなかった」と答えた。
「よう言わん、そんなこと」
 もう、母の性格からして意外ではなかったが、やはりお寺さんに家の事情を知られるのは恥だという気持ちが強いようだった。母には改めて、ごまかして先送りにしても、いずれバレることだと言った。月参りをどこかで止めてもらい、お寺さんの方に供養を全部お任せするのは避けられないのだと説明もした。母はあれやこれやと抵抗した。
「そんなことできるの? そんなひどいことは通らんでしょ」
 仏事を軽んじたら罰が当たるというニュアンスのことも言っていた。だがどうにもならないし、厄介事を放置する方が結局は不信心な結果になる。母が父の納骨をサボっていたのも、いずれ京都の東本願寺に納骨したいと思っていたためだったが、結局重い腰があがらず10年もほったらかしていた。今回も母の同意を待っていたら、何も解決しそうになかった。結局、母を介在させずに甥がお寺に連絡し、墓じまいと永代供養をしてもらうことになった。こうしてようやく、父の遺骨を納めることができた。

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