猫目雑録
真魚八重子

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第13回
実家がなくなった!(13)
「うつの症状とニュースの恐怖」

 兄によるお金の使い込みが発覚して衝撃を受けたあと、母の住居問題などものしかかって来て、わたしは経済的な不安からうつがひどくなった。正直、2019年から2年間ほど、本業の仕事に関する記憶がほとんど飛んでしまっている。書けなくてつらくて呻吟したという記憶が残っているならまだわかるが、作業をしていた感触そのものがすっぽり抜け落ちているのが、我ながら不思議だ。無意識に忘失してしまうほどしんどくて、不本意な作業になってしまっていたのかもしれない。
 いや、仕事だけじゃなくて、生活自体がほとんど記憶にない。夕飯は作っていたんだろうか? 外出はできていたのか? 掃除や洗濯はやれていたんだろうか? お風呂に関しては数日おきにしか入れなくなっていた。それは自分でも非常に問題だと自覚があって、憂鬱だったので覚えている。お風呂は元々好きだったのに、ひたすら億劫で億劫で、風呂に入ると決意するまでに何時間もかかってしまう。そうして結局毎日のように、かろうじて寝巻に着替えて眠るだけだった。入浴した日もお風呂に湯をためる気力はなくて、サッとシャワーで済ませていた。
 たぶん、わたしはウツ症状をなめていたのだと思う。本当は音をあげて休息を取るべきなのに、こんな程度でしんどいなんて、甘えているし大袈裟だと考えていた。ただこの判断は今も難しいと感じる。自分が正常な判断を下せなくなっていて、疲れ果てているとどこから線引きをすればいいのか、正直思い返してもよくわからない。

 わたしは色々なことが怖くなっていた。社会で起こったニュースを聞くことや、ネットで目にする様々なことに胸が痛んだ。SNSで言い争っているのを見かけるのも、神経がささくれ立って気持ちが疲れた。
 特に入国管理センターで行われている虐待のニュースには、信じられない思いがした。自分たちが受けた教育を思い返すと、昭和50年代はまだ敗戦国という記憶を引きずっていて、戦争は恐ろしいということが大前提として根底にあった。お互い同じ人間なのだから、国籍にこだわって憎んだり傷つけたりするのは良くないと、多くの人が習い基礎としていると信じていた。畢竟、自分の倫理に恥じない生き方をしよう、と。
 入管で働いている日本人たちは、わたしと同じような教育を受けてきた人たちだろうと思う。民主主義の教育が素養としてある、一般的な人たちだ。それが、出身国の異なる立場の弱い人たちを相手にすると、とたんに残虐性を発揮するのが信じがたくて恐ろしかった。それも祖国にいると命が危ういような、難民申請中の人たちに。
 世の中には確かに精神病質に生まれつく人がいる。快楽として動物を虐待するような。そういった、道理が通じない先天的な加虐性の持ち主なら、まだ納得がいくのだ。しかし普通の人でありながら、「他人を傷つけるのは、自分が同じ目に遭うことを考えれば気分が悪いから止めよう」という考えを、共有できない人の存在がうすら怖い。虐待をして、うしろめたさといった感情で、心が死にそうになったりしないんだろうか。
 そんな事実が明るみになっても、大問題として関係者に処罰が下ることもなく、なんとなく蛮行が温存されているのも信じがたくて、「社会の気が狂っている」という気がした。自分にとって、今の日本という国や、国民性が急速に怖くなっていた。

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