短期特別連載
うちから
佐野亨

第1回|第2回

第2回
ベランダから

 昨日は久しぶりに一日じゅう晴れていた。
 このマンションに引っ越してきて気づいたことは、空の色と遠くに見える海の色で、その日の晴れ具合、曇り具合を判断することができるということだ。
 この日の空はきれいな水色、海も青々と輝いていた。時折、船の汽笛が聞こえてくる。
 嘘のように長閑だが、これはまぎれもなく緊急事態下の光景なのである。


 ベイブリッジを行き交う車はやはりいつもより少ないような気がする。
 ちなみに、目を凝らすと、ベイブリッジとその横の鶴見つばさ橋の近くに市松模様のコンビナートが見えるが、この風景は槇原敬之の「PENGUIN」という曲のなかで、「製鉄所のコンビナートは/赤と白の市松模様/君に見せるつもりだった/ロケットの模型と同じで」というふうにうたわれている。


 せっかくの陽気なので、三日分の洗濯物(といっても一人暮らしなので大した量ではない)を洗い、ベランダに干した。
 洗濯物ごしにマリンタワーの頭の部分が見える。しばらく足を運んでいないが、山下公園のあたりもいまはだいぶ閑散としていることだろう。


 マンションの前には小さな公園がある。
 よく近所の子どもが遊びに来ているが、この日はだれもいなくて静かだった。
 また、夜になると、テニスの練習を日課としている男女の二人組がやって来るが、ここ数日は現れていない。いささか心配だ。


 西側には緑ケ丘高校の校舎が見える。この学校の生徒たちが毎朝毎夕、楽しそうにおしゃべりをしながらマンションの下を通りすぎていく光景もしばらく目にしていない。


 同じ位置から撮ったこの写真は、今年の元旦、初日の出をうつしたもの。
 あたりまえだが、この時点では、まさかこんな事態になるとは想像もしていなかった。


 18時を過ぎたころ。この時間でもだいぶ明るくなった。
 明るいうちに入る風呂は気持ちがいい。


 19時。真っ暗になるまえの群青色の空。


 20時。ライトアップされたベイブリッジと工場をバックに、家々から灯りが漏れているさまを見ると、静けさのなかにも、たしかにひとが生活していることを実感する。
 だんだん暖かくなり、虫の鳴き声も活発になってきた。
 変な言い方だけれど、まだまだ世界はあると思う。

 ということで、また次回、うちから。

佐野亨(さの・とおる)
編集者、ライター。編書に『心が疲れたときに観る映画 「気分」に寄り添う映画ガイド』(立東舎)など。キネマ旬報ベスト・テン選考委員。国立映画アーカイブ客員研究員。

表紙