短期特別連載
うちから
佐野亨

第1回|第2回

第1回
玄関から

 横浜の古いマンションに移って約1年半になる。
 昨今ビンテージマンションがはもてはやされているようだが、僕が借りている部屋はリノベーションのまったくほどこされていない、文字通りのボロ部屋だ。
 ここへ引っ越してくるまえに住んでいた東京・小石川の風呂なし長屋アパートも、築60年になろうというボロ物件だった。
 とくにボロが好き、というわけではないが、新築のアパートやマンションに住みたいとはあまり思わない。新築物件だと、なにかの拍子に壁や柱に傷をつけてしまうのではないかと心配になるし、じっさいにちょっとでも傷をつけるとそのことをずっと気にしてしまう。
 多少潔癖の気があるので、最初から少しくらい汚れているほうがあきらめがつく・・・・・というか、適度に気が抜けて楽なのだ。


 ということで、これがうちの玄関である。
 ドアはガチャンと大きな音が鳴る鉄製のやつだが、なにせつくりが古いので、完全に密閉はされず、強風のときはガタガタ揺れるし(部屋は高台の4階なので、通常時でもそれなりに風が強い)、台風のときなどは隙間から雨が吹き込んでくる。
 まあ、いま問題視されている「三密」状態はしぜんと回避されているわけだが。



 借りるまえの下見の段階では気づかなかったが、景色はとてもいい。玄関のドアを開けて右側にはみなとみらい、晴れた日には正面に富士山、ベランダ側からは本牧ふ頭の海が見える。
 ちなみに、正面にわずかに見えている三連の塔のような建物は、根岸森林公園の敷地内にある旧根岸競馬場一等馬見所である。このあいだまでテレビ神奈川で再放送されていた南野陽子、萩原健一主演の刑事ドラマ「あいつがトラブル」のオープニングにも妙な合成ショットで登場する。このへんのことは、3年がかりで書いている横浜の本(今年こそ完成させねば)で詳述しているので、どうぞよろしく。


 ドアにはこんな感じでのぞき窓がついている。普段は目隠しを下ろしてあるが、外から見たときにこの細い窓から目が二つのぞいていたら、向こう側にいるひとは結構ぎょっとするのではなかろうか。


 ドアの上の分電盤も古く錆びついている。
 常夜灯は消え入りそうなセピア色の裸電球。


 昔の部屋なので土間がある。台風のときはここまで雨が入ってくるので、靴を出しっぱなしにしないよう注意が必要だ。


 傘立ては近所の古道具屋で買ったもので、やはりいい感じに錆びている。
 ドアの脇の窓はいまではあまり見かけない、上の部分を手前に倒して開けるタイプのもの。

 時々、この玄関にペタンと座り込んでみる。ドアの向こう側から、かすかに、最寄りの駅に発着した電車の音や近所の生活音が聞こえてくる。
 うちでありながら外を感じることができる、好ましい空間だ。

 ということで、また次回、うちから。

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