本屋日誌
萩野亮

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第2日



変な本が集まってくる。

本屋ロカンタンは、いささか恥ずかしい気はするんやが、「本と映画の共有地(コモンズ)」などという、よくわからないスローガンを、それなりの声量で、かかげている。本と映画、はわかる。「共有地」とは、どういう意味か。

ロカンタンでは、大手取次会社(ディストリビューター)からの配本に依拠せず、新刊書はすべて店主たるわたくしが選書している。古本にいたっては蔵書に値段をつけているだけである。それゆえ、どうしても棚が「ある種の傾向」を帯びてくる。というかほぼ人文書と芸術書のみで占められており、本屋の花形セクションたる現代文学は、古本においては舞城王太郎氏が颯爽と登場したあたり、つまり二〇〇〇年代初頭で正確に止まっている。新刊については、いま現在は委託で仕入れが可能な取次会社、および取次代行会社があつかっている、どちらかといえば小規模な出版社の刊行物のみで棚を構成しているため、よけいに裏通り的な品揃えに傾斜してくる。

するとどうなるか。ふらっと入ってはみたものの、知っている本がなく、きょとんとするお客があまりに多い。「きょとん」ということばがこれ以上シックリくる顔たちを、ほかに知らない。かれらはこの五.五坪あまりの店をそうして足早に去ってゆく。悲しい。あまりに悲しい。ロカンタンを嫌いになっても、本屋は嫌いにならないでほしい。

上記のような理由で、本屋ロカンタンは現状、「セレクト書店」と化しているわけやが、わたくしがそれを望んでいるわけではまったくない。なぜか。わたくしがつまらんから。

というわけで、「共有地」。「入会地」といってもよい。置きたい本があれば応相談。貼りたいポスターがあれば応相談。開きたいイベントがあればこれも応相談。せまいが自由に使ってくれ、という話。それをいかにも当世風に「共有地=コモンズ」などと呼んでおるだけですわ。


自宅を開放している、という感覚はほんにんにはあんまりないんやが、為しているのはそういうことである。私的な占有空間はほぼ、要らない。時間を分ければよい。「職住一体」という古くて新しい概念も、アパートに店を構えてからようやく知ったくらいの体たらくなんやが、ひるまは土足でお客を招いている空間に蒲団を敷いて寝ているのは存外衝撃的らしく、よく吃驚される。

というわけで、「共有地」。二回目やな。「置きたい本がある人」は一定数存在するようで、ときおり連絡をいただく。都内から、あるいは長野から、ひいては神戸から。するとどうなるか。「変な本」が集まってくる。「変な」という形容は、ともすればネガティブに受け取られもする枕詞であるが、ここでは最大限の敬意でもってこう呼ばせていただく。

以下は本屋ロカンタンであつかっている「変な本」の一部である。

@みのわようすけ著『今日というより凶な今日』シリーズ(はたまた)
「文庫本作家」を名乗る著者による奇怪な日記、のようなもの。判型はもちろんすべて文庫判で、装丁、本文、挿画、栞、すべてみのわようすけさんの手による。昨秋リリースされた最新刊『ピンクのあまぐも』で847話に達している。日常にひそむ変なもの、あるいは「変なもの」としての日常、が、独特の筆致で淡々と綴られており、一種の沼をなしている。この沼に嵌まり込んでしまう人は少なくなく、西荻本店とネットショップ支店とを問わず、ロカンタンでも矢鱈とよく売れる。

Aさよたんてい著『こんにちは! さよふしぎたんていしゃです!』(ADAMay Publishing)
小学三年生のさよたんてい(八才)が、インスタグラムで大人たちの悩みを募っては、快刀乱麻に解決してゆく日本刀のような一冊。ほぼ「悩み相談」で構成されているが、それって探偵の仕事やろか、という問いはここでは無効である。都内であつかっているのはもっかロカンタンだけ。さよたんていのお母さん=山田さんが、唯一営業をかけた店だという。なんでも、ジャン・ユスターシュの本(『評伝ジャン・ユスターシュ』)を面で置いているのをネットで見てピンときた、とのこと。ユスターシュでピンとくるお母さんよ、あなたはすばらしい(というか先日、神戸から来京ついでに店に来てたんまり買いものをしてくれはった)。もれなく「つまらない生活をすてろ!」ステッカーつき。

B虹釜太郎著『カレー野獣館』シリーズ(円盤)
アパート時代よりロカンタンにお客さんとして来てくれはっていた虹釜太郎さんによる、科学者が実験に失敗、爆発&炎上したかのような破壊力のある文庫本シリーズ。カレー批評を一行目から超越して独自の詩学に到達しており、もはや手に負えない。恥ずかしながら、虹釜さんがすげー人だとは最近まで知らんかった。「音響派」というセクションをつくったのは虹釜さんだそうです。すげー。『カレー野獣館』はお手持ちのラスト・ストックをロカンタンに託してくれはりました。

Cモノ・ホーミー著『貝がら千話』シリーズ(Bold Stone Books)
昨日届いたやつです。ツイッターで毎夜24:00に、ひとつのお話とひとつの絵=「貝がら千話」を投稿しつづける、というおそろしいワークを、だれに頼まれるわけでなく、およそ一年にわたって継続している「モノ・ホーミー」なる謎の著者の胆力にまずひれ伏すほかない。そのうちいくつかのお話を再録したシリーズ。イラストが先に浮かんで、そこからお話を考えていく、そうです。みのわようすけさんの作品にもどこか通じるけれども、みのわさんの話がこの国の日常の延長という感じがするのに対し、モノ・ホーミーさんの話はどこかの国のいつかの時代の寓話、という感じがする。生活が破綻しそうになりながら、ほんまに毎晩、つづけているそうです。


本屋ロカンタンにはかように「変な本」がたくさんある。うん、おもろい。わたくしが。

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