オコエ便り
真魚八重子

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第8回



 保護猫出身のオコエは警戒心が強い。目の前に人間の手や足が伸びてくると、一瞬驚いた表情をして、フワッと頭をすくめよけようとする。反射神経というより、怖いと刷り込まれている気がして心配になってしまう。オコエがうちに引き取られるまでの1年間の野良猫生活が知りたい。その間に人間によって叩かれるとか、足で何かをされて恐怖を感じたことがあるなら、トラウマとなった出来事を記憶から消してあげたいなと思う。
 そんなオコエも今は頻繁に甘えてくる。最近はわたしが昼間、仮眠をとるときにタオルケットを羽織ると、オコエが待ちかねたようにやってきてわたしの両脚の間に挟まる。直接膝の上に乗ることは絶対しないのに、タオルケットを1枚かませると大丈夫らしい。うちに来て打ち解け始めた頃は、わたしのすねにもたれてじっとしているだけだったのが、最近は儀式のようにわたしの足をこじ開けてくる。そして十分に腿の間のスペースを確保して丸まるので、こちらは開脚して仮眠をとることになり落ち着かない。でも懐いて接触を求めてくるのは、よく好きになってくれたと思うし本当にいとおしい。
 猫飼いとしては、冬になって暖を求めた猫が布団の中に入ってきて、一緒に眠るのが憧れの生活だ。でもオコエは慣れてきても夜更けにそろっと寝室に入ってきて、わたしたち夫婦を観察出来る片隅で眠るだけだった。憧れの添い寝が出来ないのは残念だったが、猫それぞれに嗜好の違いがあるから仕方ないと諦めていた。
 しかしこの8月、うちに来てから1年8カ月が過ぎたところで急に、オコエは寝室の布団の上で夜を過ごすようになった。きっかけがあったわけでもなく、今までは寝るどころか乗るのも苦手で避けてきた掛け布団にある夜、まるで以前からそうだったかのような顔でなかば埋もれながら眠っていたのだ。そしてその日以来、連日布団で朝まで眠って過ごすようになった。
 ふってわいた添い寝生活だ。熱帯夜の続く真夏だし、布団の中ではなく掛け布団の上ではあるけれど、一緒に眠るチャンスに興奮した。毎晩、先にオコエが布団を陣取って眠っているので、わたしはそれをよけて隙間に寝そべる。オコエの背中に顔をうずめて寝落ちしても、オコエはこれまでのように逃げたりしなかった。わたしは布団を掛けて眠るなんて諦めて、日によっては布団の3分の2しか使えないけれど、オコエと寄り添って夜に眠れるのが嬉しかった。
 1週間くらいはそんな日々が続いたが、流行は短くて不意にオコエの布団ブームは過ぎ去り、最近はまたリビングのお気に入りのクッションで眠るようになってしまった。猫らしく本当に気まぐれだけれど、また寒くなってきたらオコエの中で添い寝ブームが来るんじゃないかなと期待している。

真魚八重子(まな・やえこ)
映画文筆業。キネマ旬報、朝日新聞、ハニカム等で執筆。最新刊『血とエロスはいとこ同士 エモーショナル・ムーヴィ宣言』(Pヴァイン)が発売中。

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