オコエ便り
真魚八重子

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第6回



 実家ではずっと犬を飼っていたわたしが、初めて猫を引き取るにあたって一番心配していたのは、猫はよく吐くという習性についてだった。猫が吐くのは毛づくろいをし、その際なめとって体内に入った毛を出すためらしいが、友達の家の猫はかなりのやきもち焼きで、友人が長電話をして構わずにいたら、そのあとわざわざ電話器に向かって吐かれていたと言っていた。そういった話を聞いていたので、猫を飼うのは苦手なゲロの片づけをするという結構な覚悟がいった。
 実際には、オコエはそんなに吐かない子だった。最初に吐いたのは組み立て式のキャットタワーが届いて、それを居間一面に広げてせっせと作っていた時だ。猫は環境の変化を嫌う。家に突然見知らぬ大きなブツが届き、飼い主が集中してそればかりに取り組んでいる姿は、オコエにとって日常の大きな変動だったのだろう。そのため、ショックで何度か吐いてしまった。でも精神的な嘔吐はそのくらいで、あとは稀に毛玉吐きや、夕飯を一気に食べ過ぎた時だけだ。それに猫の吐いたものは不思議と臭くなくて、片付けも意外に簡単だった。
 昨日、オコエが久々に吐いたのだが、そこには緑色に見える細長い草か輪ゴムのような異物があった。オコエがヘンなものを口に入れないよう気を付けていたのに、そんな見慣れぬ異物を食べてしまっていたことに落ち込んだ。そしてさっき、謎の異物の正体が判明した。オコエ用の爪とぎがちょっと劣化しており、そのほつれから中の銀糸のような素材が出ていて、どうやらそれを飲み込んでしまったらしかった。爪とぎは買い替えようと夫と話していた矢先だっただけに、思い立ったらすぐ行動に移さないとだめだなあと反省した。
 冬毛から夏毛に生え変わる春には、ブラッシングの回数を増やす。短毛なのでそんなに長い抜け毛はないが、気が付くと玄関の隅に吹き溜まった黒い毛玉が落ちている。居間から玄関までの廊下は、脱走防止でオコエを歩かせないようにしているから、全部リビングから飛んだり、わたしたちの体についたものが落ちたりしているんだろう。そのための掃除機も、オコエは怯えるほどではないけれど、決して好きな電気器具ではないから、オコエの顔色をうかがいながら掃除機をかけている。
 オコエの毛も夏毛になり、途端に晴れた日の昼間は窓辺で日光浴をするようになった。去年の酷暑の時期、猫は自分でも気づかないうちに熱射病になると聞いて、冷房をつけたまま外出するなど気を使ったが、オコエは昼間にはいつの間にか窓のサンに登って、外気が36度くらいの日も日向ぼっこをしていた。毛がボカボカに温まり、血が沸騰するんじゃないかと思えるほどの暑さなのに、それがオコエの本能としては必要なのか、どうしても日を浴びずにいられないらしい。元々、約1歳でうちに貰われてくるまでは、地域猫として外で暮らしていた子なので、暑さ寒さに耐えた体力はあるのだろう。でもこれからは一生、家猫として暮らすのだから、冷房の涼しさを楽しんでほしい気もしている。

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