オコエ便り
真魚八重子

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第5回



 オコエがいまだに苦手なのが爪切りだ。猫も2週間に1回爪を切らなければいけなくて、我が家ではそれを隔週日曜日にやっている。そのため、普段はスーツ姿か寝間着の夫が、日曜に昼間からジーンズでくつろいでいると、オコエは不穏さをかぎ取って引きこもりモードになる。最初はキャットタワーの1階に立てこもり、その後わたしの部屋の衣装ケースの上に隠れて、目線が合わなくなる。オコエの恐れの合図だ。隔週だから当然切らない週もあるわけで、そのときはまったく無駄な警戒だし、夫はよかれと思って爪切りをしているのに、オコエから心を閉ざされて可哀想だ。
 抱っこが出来ない猫なので、オコエの爪を切る場合はまず、洗濯ネットでオコエを捕まえるところから始まる。ネットに入ると猫はおとなしくなるので、そこから足を一本ずつ引っ張り出して人間用の爪切りで切っていく。猫用のギロチン式の爪切りも買ったけれど、切る長さの加減が難しくて、結局わたしたちが使っている爪切りでオコエの爪も切っている。
 最近は爪切りあとの立ち直りが早くなってきたものの、けっこう最近までオコエは洗濯ネットで捕まえられると、爪切りの間じゅう、体が恐怖でブルブル震えていた。爪切りを終え、ご褒美の「ちゅ〜る」を食べさせて解放してあげても、腰が抜けていてすぐには動き出せないほどだ。そしてまた衣装ケースの上に逃げ込んで、夕飯の時間までは心を閉ざして過ごす。爪切りあとも逃げずに居間で過ごすようになったのは、ようやく今年に入ってからではないだろうか。よその家でも、こんなに毎回大騒ぎしながら爪を切っているのか不思議に思う。最初の頃は、大好物のちゅ〜るさえも口を閉ざして食べなかったほど、爪切りショックは大きなものだった。
 オコエの苦手なものにもうひとつ、動物病院がある。今年はコロナ渦によって6月にずれ込んでしまったが、春は1年に1回の定期健診の時期だ。去年、初めて検診を受けた際は先生から「おとなしい猫ちゃんですね。暴れちゃう子もいるのに」と言われたが、実際のところオコエは恐怖のあまり硬直していただけだった。無事に問題もなく診察を終えて帰宅すると、オコエはわたしの部屋のカーペットの上で下を向き、銅像のように固まって動かなかった。こういう時はどんな角度からオコエの顔を覗き込んでも、絶対に目が合わない。とにかく精神的ダメージがでかいらしい。
 でも、以前は毎晩、夫の帰宅時の物音を聞いたとたん、警戒してテーブルの陰に逃げ込んでいたオコエが、最近ではリビングに寝ころんだまま出迎えて、表情も変えず顔を洗い続けていたりする。爪切りのあとの腰が抜けている時間も、すぐ解消されるようになった。ビビリでもなんとか馴染んでくるものだ。それにしても、いつまで洗濯ネットのお世話にならなければいけないのだろう。なんだか捕物帳をしているようで、微妙に後味が悪い。

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