オコエ便り
真魚八重子

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第10回



 飼い猫のオコエを見ていて、時々改めて生命の神秘を感じてしまう。自然が作り上げた猫という生き物の精巧さ。機械仕掛けで動くものは仕組みがあるのを理解ができるけれど、自然の生物は遺伝子や細胞や神経が集積して、魔法みたいにそれらが絡み合って作用し、とても複雑な動きをして感覚まで持つ。オコエが「ニャニャー」と何度も鳴く時、何かしらの気持ちを訴えている。「撫ぜて」や「おなかすいた」だったり、「甘えたいけど眠いの」というぐずりだったり、こちらとしては何を伝えたいかわからない鳴き声だったりする。背中を向けてちんまり座っていたオコエが、頭だけ振りむいてわたしの顔をジッと見、不意に「ニャア」と鳴く。緑色の目の動き、なめらかな首の回し方、たゆたうような尻尾の揺らぎ、気を惹かずにいられないちょっとかすれた声。機械じゃとても再現できない柔らかな挙動で、すべてがよく出来ている。自然というのは本当に不思議だ。
 この間うちは換毛期で、頻繁にブラッシングをしていた。オコエはブラシをかけられるのは結構好きで、機嫌がいいと身悶えするのでブラシがかけづらくなるほどだ。でも先日わたしが集中しすぎて、あまりに執拗に長い間ブラッシングをしていたとき、オコエがこちらを見据えて「ニャッニャッ」と二声鳴いた。「なに?」と言いながらまだブラッシングを続けたら再び「ニャッニャッ」と同じ鳴き方をした。そしておもむろにペシッとかなりの力でわたしの手を叩いた。顔も心なしか怒っているようだ。「ニャッニャッ」は「もういいでしょ、やめてよ」の意味だったんだろう。猫にも何か、明白な感情があったり、言語に近い鳴き声の表現があったりするんだろう。科学は進歩してもまだまだ猫は謎だ。
 換毛期のブラッシングの気持ち良さで、オコエのわたしに対する信頼や愛情が増したのを感じる。頻繁に足にもたれてくるし、わたしが悪ふざけをして、寝転がったオコエの体に思い切り顔を押し付けて身動きが取れなくしても、じっとされるがままになっている。そんな姿勢で顔を見れば当然近くて、すぐ鼻先にオコエのビー玉のように球形に膨らんだ目がある。そんな距離で覗き込んでも、オコエは嫌がるでもなくわたしを見返している。そしてオコエの小さなムッと閉じた口にわたしの鼻を押し当てると、ペロペロと鼻の頭をなめてくれる。そんな親密なことをしてくれる距離の近さが嬉しい。
 いま、この世でもっともわたしを愛してくれているのはオコエじゃないかと真剣に思う。退屈したり、撫ぜて欲しかったりしたら、ためらいなくニャアと呼びかけてくる。寂しければてらいもなく、真摯にわたしを見つめ後を追ってくる。わたしもオコエに対しては取り繕うこともない。お互いに正直に愛情を見せ合えて、毎日とても幸福な時間を過ごしている。

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